
気になってはいるものの、今じゃなくてもいいか、なんて逡巡しているうちに買いのがしてしまう本が結構あります。
本くらい思う存分買えるようになりたい!
この『伝説の「どりこの」一本の飲み物が日本人を熱狂させた』も、そんな一冊。
じつはこれ、現代プレミアブログというウェブサイト上で『どりこの探偵局』のタイトルで連載されていたブログの書籍化。ウェブでも読んでいたんですが、やっぱブツとして手元に置いておきたくて、買ってしまいました。
てかその前に、“どりこの”というのは、医学博士高橋孝太郎により開発され、昭和初期に販売され、一大ブームとなった滋養強壮飲料。
現在ではその製法が失われてしまったため、再現不可能という謎のドリンクなのです。
なんで僕がこの“どりこの”に興味を持ったかというと、小学生の頃に買った『季刊・映画宝庫/1977新年・創刊号 われらキング・コングを愛す』に再録されていた東京朝日新聞1933年9月7日の『キング・コング』の広告。
映画タイトルと同じくらいインパクトのある文字で、“どりこの愛飲者御招待”と書かれたその広告で、僕の頭の中に、この変な名前の飲み物がインプットされていたのでした。
同じページには、久保田二郎・著『極楽島ただいま満員』の中の『「キング・コング」と「にんじん」と「どりこの饅頭」』というエッセイも採録されていて、それによると、映画公開当時の鎌倉由比ガ浜には15〜20メートルもあるキング・コングのハリボテ広告が出現。どりこの饅頭という新商品キャンペーンのショーボートに乗せてもらって沖合いから見たら、海岸線にキング・コングの看板だけがはっきりと主張して見えた、とのこと。
本書に纏められた調査内容に照らすと、久保田氏の記述にある“どりこの饅頭”というのは、どりこの人気にあやかった便乗商品のようですが、由比ケ浜には本家どりこのの看板もあったようです。
それよりも面白いのは、どりこのを広めたのが、出版社の講談社だったという点。
かなりゴーカイだった講談社の創業者 野間清治の大宣伝戦略によってどりこのの売り上げは急激に伸び、海外にまで輸出されていたらしいのです。
しかし戦争の激化に伴う原料の入手困難により1944年に生産が中止され、戦後生産が再開されたときには講談社との契約は失効していたために、細々と受注生産を続けるが、戦前のようなブームになることはなく、最後まで製法を秘密にした高橋孝太郎の死により、二度と再現不能になってしまったとか。
黄金色をしていて、フルーティーでしぼりたてのリンゴのような味がした、というどりこの。うーん、飲んでみたい!